この記事を書いた人ライター 川窪葉子 Yoko Kawakubo
僕には特定の女性はいらない
僕は28歳で広告代理店に勤めている。趣味は映画と酒。僕は酒が強いから酔って醜態をさらすことはない。だからお酒は酔うためにではなく、ワインはたしなみとしてマスターし、今は日本酒にはまっている。週末は愛車のフェラーリでちょっと遠出をして美味しいものを食べたり、友達やクライアントとゴルフやヨットで海に行ったりしている。
大学時代はヨット部に所属していて、今でもジムに通って体型はキープ。正直、女性に困ったことがない。ほとんど女性から来てくれるし、僕から声をかければ100%ついてくる。毎日遅い時間まで仕事、食事は難しいけれど飲みなら呼べばすぐ付き合ってくれる女性がたくさんいる。もちろん、あちらの事情だって事足りる。だから、特定の彼女の必要性がない。だけど、ずっとどこか空虚感があったのは確か。でも、必要な時に誰かがいれば十分で、ひとりの女性だけに縛られるなんて考えられない。そう思っていた。彼女に出会うまでは...
バラの花束の中に一輪だけ違う花をみつけた
彼女に初めて会ったのはとあるブランドのパーティーだった。その時は挨拶しただけで特別な印象はなかった。ただ、露出高めの派手な女性が多いだけに、そこはかとない品の良さが際立っていた。その後、朝の通勤ラッシュに彼女を何度か見かけた。そして、金曜日の終電近い帰りに駅で見かけて声をかけた。聞けば会社の駅が同じで、住んでいる駅がひとつ違いだった。その日飲みに誘ったが断られた。僕はなぜか軽くダメージを受けていた。
その後も朝、何度か見かけたが、帰りに会うことはなかった。そして休日に地元のスーパーで偶然出会うことになる。「カフェならOK」とのことで、お茶をして別れた後、ふと次はどうしたら会えるのかを考えている僕がいた。その後、彼女とは何度か食事をする仲になった。彼女との会話は楽しかった。でも彼女が僕を見る目は明らかに他の女性とは違った。そしてファッションや美容ばかりの色気づいた女性といる時もどこかで彼女のことが頭をよぎった。彼女から僕は何を見つけたのだろうか...気がつけば朝も夜も電車や駅で彼女の姿を探していた。
特別で大切な人だと思えた瞬間
彼女と出会ってから1年が経っていた。相変わらず友達以上の関係にはなっていない。彼女の落ち着いた佇まい、母親のような包容力に気がつけば気を許していて、彼女の存在は居心地のよいものになっていた。惹かれているのは確かだった。でもその一歩先がなかなか進まない。僕のプライドが邪魔しているのではなく、関係が壊れてしまうのが怖かったからだ。そして、たまに見せる瞳の奥深くの憂いに、彼女の扉を開いてはいけない何かを感じていた。
今日は約束をしていた夏祭りの日。浴衣姿で現れた彼女に一瞬時が止まった。混んでいる雑踏の中、そっと手を繋ぐ。彼女は当たり前のように表情を変えなかった。金魚すくいをして、杏飴を食べて...僕はトイレに行くと言って彼女を待たせた。
「ごめん、待った?」
「全然」
「手だして」
彼女は不思議な顔をしながら手を出す。彼女の左手薬指におもちゃの指輪をはめる。彼女は驚き
「いつ買ったの? もしかして今?」
「当り。明日、誕生日でしょ」
「そう、よく覚えていたね。ありがとう」
歩きながら彼女は嬉しそうに指輪を見る。
「それは代理。明日、本物を一緒に見に行こう」
「えっ?」
驚く彼女。僕は彼女の手を強く握った。彼女も強く握り返してくれた。 この日、僕たちの関係が大きく変わった。